太陽を曳く馬(上、下)(髙村 薫)新潮社
上巻の帯に、合田雄一郎という名が見えた。髙村薫さんが創りだした警視庁の刑事だ。彼が主人公の推理小説で僕が読んだのは、「マークスの山」(1993年)、「照柿」(1995年)そして「レディ・ジョーカー」(1998年)の三冊である。いずれも重厚な物語であるが、推理小説として十分面白く、僕は合田刑事が好きであった。
「レディ・ジョーカー」で、合田刑事のシリーズは一応完結したかなという感じを持っていたのだが、その彼が10年以上もたって突然復活したのだから「オオッツ!」と思って上下巻大枚3,600円を払った。
期待して読み始めたのだが、難解なことこのうえない。髙村さんの文章は、わかりやすいのだが、内容は哲学的、精神分析学的、宗教学的なもので、そういった方面に素養がなく、またあまり興味が持てない(あえて持たない)僕にとっては、理解が困難なページが連続する。
事件の進展などはほとんどなく、心理的推理中心の難解な会話ばかりで、読み上げるのに一月以上もかかってしまった。
この本は、はたして推理小説なのだろうか。僕はそう思って購入し、読んだのだが、もはやエンターテイメントとしての推理小説の域はほるかに超えている。読んでいてもちっとも楽しくなかった。理解しながら読み進もうと思えば思うほど苦痛になった。
これは、もう推理小説ではない。
みなさんはどんな感想なんだろうか。
髙村さんの小説は、僕は上記の四冊しか読んだことがないけれど、この「太陽を曳く馬」のもう一人の主人公ともいうべき「福澤影之」を主人公とした小説が、「晴子情歌」と「新リア王」との二冊あるという。そして今度のこの小説がその三部作としての三冊目にもなるとか。
なるほど、それが下巻の帯の文章「福澤一族百年の物語、終幕へ」になるのか。
髙村さんの小説が好きな人には、じっくり読めて、たまらなく深く、面白いものであるに違いないが、僕みたいなエンタメ推理小説ファンにはちょっと重たすぎる小説でした。
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