飛行機が定刻より少し早く着いてくれたおかげで、新宿10時発の特急に乗ることができ、甲府12時発の広河原行きのバスに間に合った。これに乗れなければ、甲府から広河原までのタクシー代、1万数千円の痛い出費となるところだった。
バスは、怖いくらいに切れ落ちた渓谷の上を、かなりのところまで高度を上げて、山奥まで入って行く。 午後2時には、私は予定通り広河原の吊橋を渡って、右手にある広河原山荘の前に立っていた。
平日とあって、宿泊客は、私の他には常連の客がもう一人で、八十人収容できる山小屋を二人だけで占領した。
その常連の客は、なんともう135回も北岳に登頂しているという、江口幸夫さんで、今年74歳になられるが、矍鑠としておられ、実年齢より10歳は若く見えるお元気な人であった。今回も、食料持参で広河原をベースとし、ピストン登山を1週間ほど続ける予定とか。
夕飯時におすそ分け頂いた白ワインと、ベーコンを巻いただけの生たまねぎが、極上の美味しさであった。彼からは、山の興味深く面白い話もたくさん聴くことができた。
10月9日(二日目 広河原山荘~大樺沢~八本歯~北岳~北岳山荘)
翌9日は、5時半から朝食を摂り、6時前には小屋を出た。空も十分に明るくなって、ヘッドランプは不要だ。江口さんに同行していただけることとなり、心強い。熊よけの鈴を忘れてきたので、小屋で購入してステッキにくくりつける。江口さんは、何度か熊に遭遇したことがあるとか。
出発してしばらくは、自然林の中の緩やかな上りを気持ちよくゆっくりと歩く。20分程で右に「白根御池小屋」への道を分ける、程なく大樺沢に沿った緩やかな上りとなる。今年の紅葉は十年に一度と言われるくらいの美しさだそうで、緑、黄色、赤が美しく調和して、九州ではなかなか見ることができない美しさだ。写真に撮ったが、色が全く撮れていない。カメラのせいなのか、腕なのか、残念であった。
二時間で二俣に到着。二俣は、バイオトイレも設置してあり、美しい紅葉と北岳バットレスを見あげる絶好の休憩場所だ。大きな石の上に、ウンチが二つ。江口さんが、これは生後2年くらいの熊の糞だろうと解説頂いた。
当初は、ここから右俣コースで小太郎尾根分岐から肩の小屋経由で山頂を目指す予定であったが、江口さんの薦めもあって、変更して左俣コースをとる。このコースは、大樺沢を登りつめるコースで、傾斜はそれほど急ではないが、さすがに石がゴロゴロで、歩きにくい。江口さんが、私の遅いペースに合わせてくれ、適宜に休憩を入れてくれるので、ほとんど疲れることなく登ることができた。
八本歯のコル前後は、木製の梯子が連続する(24個くらい?)急な上りとなるが、危険な箇所はない。普通なら右手にバットレスが聳えるところだそうだが、バットレスを登っているらしい登山者の声が聞こえるだけで、ガスが出てきたせいで全く見えなかった。梯子が終わると、あとはガレた道を緩やかに登り、池山吊尾根分岐に出る。
ここにザックをデポし、水と弁当とカメラを持って北岳山頂へ。
15分ほどで日本第二の高峰北岳の山頂(3,193m)に立つ。天気は上々であったが、あいにく雲海が広がり、展望はきかない。風がないので暖かく、ゆっくり弁当をいただく。広河原山荘で作ってもらった弁当は、デラックスで美味しかった。
コースタイム6時間の登りは、ちょっと不安であったが、江口さんのリードのおかげで、全く疲れずに余裕を持って登ることができた。江口さんは、肩の小屋経由で今日のうちに下山されるというので、ここで別れた。本当にありがとうございました。
吊尾根分岐に戻り、ザックを回収して北岳山荘を目指す。気持ちのいい尾根歩きだ。山頂から50分ほどで北岳山荘に到着。北岳山荘は、標高2900mにある山梨県立、南アルプス市運営の山小屋で、150人収容の大きな小屋である。立派なバイオトイレもあり、テレビも観ることができる。
夏休み中は、多分満員であろうが、本日はゆっくりしいて、快適であった。高山病の症候がでたのか、少し頭痛がしてきたので、夕食後は早めに就寝。
10日は、農鳥小屋に泊まるのか、そのまま大門沢小屋まで下るのか、迷った。ネットでの農鳥小屋の評判がいまいちだったせいもある。小屋のご主人がちょっと口が悪いという噂、御飯があまりいいものは期待できないという噂などから、できれば避けようかなという思いがあった。それに、時間的にも、農鳥小屋だとあまりにも早く着きすぎる。下手すれば10時間という長時間の行程となることに若干の不安があったが、今後の天気のことを考えると、今日中に大門沢小屋まで下ったほうが上策だろうと決意した。
(5:50)広河原山荘発、 (7:53)二俣、 (10:12)八本歯コル、
(11:40)北岳山頂、昼食、 (12:20)下山、 (12:32)池山吊尾根分岐、 (13:07)北岳山荘、
10月10日(三日目 北岳山荘~間の岳~農鳥岳~大門沢小屋)
朝4時過ぎに起床したら、天気はいい。ご来光が綺麗である。体調もよさそうだ。なるべく早く出立したかたが、明るくなるまで出立は控えて欲しいとの山小屋の指導で、5時50分からの朝食を済ませ、6時過ぎに出立。天気予報では、今夕から明日は雨というので、今日なるべく早くには大門沢小屋まで下りたい。
振り返ると北岳の雄姿が美しい。後ろ髪を惹かれる思いで、足を速める。これから3,000m超のピークを4つも越えていく期待も大きい。
まず、ひと登りで中白根山(3,055m)というピークに着く。それからいくつかのピークを越えると、やっと日本第4位の高峰間の岳(3,189㍍)の頂上だ。
頂上は向こう側にややなだらかに落ちていて広い。山頂からは、登ってきた北岳や北アルプスの山並みが見える。なかなかいい眺めだ。左奥に、農鳥岳への登山道が下っている。ガスがかかっているときは間違いやすいとガイドブックなどには書いてあるが、確かに判りにくいだろうと思う。農鳥岳への表示もあるので、晴れていれば問題ない。左の尾根の下り口に立つと、はるか下方の鞍部に農鳥小屋の赤い屋根が見えている。
下りは、急なガレ場の下りで、足を滑らせやすいので慎重に下る。
農鳥小屋は、こじんまりしたよさそうな小屋である。おじさんがいたので挨拶したが、返事はなかった。小屋には泊まらないので、左脇を通り抜けたところの岩の端に腰を下ろして水を飲みながら休憩していると、おじさんが飼い犬を数匹放したので、こちらに吠えながら勢いよく近づいてくる。ちょっと怖くなたが、よく観ると子犬だったので、まあ一安心だ。
小屋を過ぎると、すぐに農鳥岳への急な上りが圧倒する。ここは、ゆっくりと登る。最初のピークは農鳥岳ではない。いくつかピークらしいところを過ぎると、多分ここが一番高いところだろうと思われるところが、登山道から左に登っている。時間的にもここが多分西農鳥岳(3,051m)の山頂だと思うのだが、山頂標識など何もない。
戻って、少しアップダウンしながら、岩の多い尾根道を進むと、標識のある農鳥岳(3,026m)の山頂に着く。振り返ると、間の岳、北岳が並んで聳えているし、その右手奥の方には、八ヶ岳の雄姿が見える。最後のピークだし、去りがたい気分だが、先を急ぎたい。
緩く下ると前方に黄色い鉄塔が見えてくる。あれっ!大門沢下降点は、こんなに近かったのかと拍子抜けする。
鉄塔の前で少し休憩した後、下降点を奈良田へ下る。下り始めるとすぐに大門沢の美しい紅葉が、目に飛びこんでくる。とにかく美しい。少し下ったところにおあつらえ向きの広場があり、紅葉を愛でながら昼食とする。
紅葉帯を過ぎても、急な下りは延々と続く。沢の途中から滝のように水が流れ落ちていて、ここから渓流が始まっている。渓流沿いにうんざりするほど下るとようやく前方に大門沢小屋が見えてきてほっとする。
大門沢小屋は、土間の両側に寝るというスタイルの古い小屋であるが、さすがにちょうどいい場所に立地していて、上りにも、下りにも便利な小屋ではある。
山小屋で飯の文句は言いたくないが、朝も夜もちょっと粗末だった。夜は、毛布4枚あったが、ちょっと寒いくらいだった。
(6:05)北岳山荘発、 (6:34)中白根山、 (7:23)間の岳山頂、 (9:15)西農鳥岳、
(9:56)農鳥岳、 (10:39)大門沢下降点、 (13:10)大門沢小屋、
10月11日(四日目 大門沢小屋~奈良田~身延~新宿)
4:30起床、本格的に雨が降っている。天気予報で覚悟はしていたが、やな気分で朝食を食べ終えた。身支度をしていたら、幸運なことに雨が止んだ。
6:05小屋を出る。沢に下り、沢沿いの石ゴロゴロの歩きにくい道を滑らないように緩やかに下る。急な上り下りはないものの、想像していたよりはハードな山道であり、結構疲れる。
それでも、すぐに吊橋に出て渡り、3つめの吊橋を渡ると、そこからは、広い林道になり、奈良田第一発電所を左に見、広河内橋を渡って左に車道をしばらく下れば、左に奈良田の里温泉の案内がある。案内から左に坂を登ればすぐに温泉がある。
温泉の営業時間は午前9時からであったが、5分前に入れてくれた。この5分が、9時25分奈良田発身延行きバスの間に合うのにおおいに役に立った。
総桧の風呂で汗を流し、さっぱりしてバスに乗る。あとは、順調に、昼過ぎには新宿に着くことができた。順調すぎて予備日が全く一日浮いてしまった。変更不可の早割り航空券だから仕方ないけれど。
3年前から何度も計画しては、台風や大雨による道路崩壊などで実現できなかった白峰三山縦走はこうしてあっけなく実現した。天気にも恵まれて、なかなかよい山旅であった。
やはりアルプスはいいなあ。
(6:03)大門沢小屋発、 (8:20)奈良田第一発電所、 (8:40)奈良田温泉の里
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